HYPNOGENESIS

 

その日はいかにも陰気な日だった。
朝から曇雲が重くたれこめ、じっとりとした空気が辺りを覆っていた。
雨が降るだろうな、とラッセルは思った。
こんな日は外に出ても憂鬱になるだけだ。
ラッセルはスナック菓子をめいっぱい自室に持ち込んでテレビゲームに没頭していた。
画面では登場人物達が音楽に合わせて踊っている。
こんな日にはこの馬鹿みたいなダンシングゲームはおあつらえ向きだった。
陰鬱なダンジョンも気の沈むようなイベントもないから引き摺られなくてすむ。
そんな見た目と釣り合わない繊細さがたまに笑いの種にされる。
とらわれた人々を踊りで解放したところで彼は一息ついてテレビのスイッチを切った。
時計は11時30分を指している。
その時初めて辺りを包む柔らかいノイズに気が付いた。
雨が降っている。
強くはないがすぐには止みそうもない。
しかし今の時期のことだ。
今降っているなら明日の朝は晴れそうだ。
ラッセルは目を閉じてみた。
雨音以外は恐ろしく静かである。
彼は世界に自分しかいないところを想像してみた。
誰もいないコングスタジオの外には誰もいない墓地があり、その向こうには誰もいない街。
誰もいない国。誰もいない世界。
ラッセルは身震いした。
そんな世界は恐ろしすぎる。
相変わらず辺りは静けさに包まれている。
ラッセルは不意に言いようのない不安に襲われた。
今の想像が本当に本当だったら・・・・・・。
誰もいないコングスタジオで仲間を探す自分の姿が浮かぶ。
答えるはずのない仲間の名前を一人ひとり呼び続ける自分。
その声はからっぽの世界に虚しく反響するのだ。
恐ろしい想像に捕らわれそうになったときだった。
ラッセルの不安はふいにいとも簡単に吹き飛ばされてしまった。
静寂に支配されていた部屋に不穏な騒音が飛び込んできたのだ。
何かをぶち壊すような音。
そのすぐ後にマードックの金切り声。
お決まりのパターンである。
彼は安心したようにちょっと笑って部屋を出て行った。
マードックによってボコボコにされた2Dを介抱するのが彼の役割なのだ。


「この能なし!チンカス!ゾンビ野郎!!てめぇよくも大事な儀式の邪魔してくれやがったな!」
落書きだらけの汚いトイレに怪しげな道具や植物や生き物の一部が散らばっている。
トイレの真ん中には祭壇のようなものの残骸が惨めったらしく鎮座していた。
マードックが2Dの空っぽの眼窩に指を突っ込んでがくがく揺さぶりながら怒鳴り散らしている。
「見ろ!てめぇのせいで一週間かけて準備したのが全部パァだ!」
「うああああぅ。ごごごごごめんよマードックぅぅぅ」
「せっかくの生け贄がバラバラになっちまったからなぁ。この際お前で代用するのもアリだよなぁ?」
そう言って儀式用のアメサイをねろりと舐める。
まだ新しい動物か何かの血がべっとりとついている。
2Dの顔が一気に青ざめた。
「もうそのぐらいにしとけ」
マードックは一つ舌打ちをした。
「おい、ラス。いちいち割って入ってくるんじゃねえよ。これは俺とこいつの問題だ」
「そうはいくか。大事なボーカルを怪しげな儀式の生け贄になんかされたらたまらんからな」
散乱する「なにか」の手足を踏まないよう注意しながらラッセルが入ってくる。
彼の巨体でただでさえ狭いトイレがさらに狭くなった。
マードックはラッセルの腹にドスドスと指を突きたてながら喚いた。
「いいか。これが最初なら便器に顔突っ込むぐらいで勘弁してやるんだ。だが、こいつはこれで3回目だ。3回だぞ!
 サタンに生け贄を捧げる儀式をこいつは3回もぶちこわしやがった!しかも!」
今度はアメサイの背を2Dの喉元に押しつける。ぐぇ、と蛙のようなうめき声が2Dの口から漏れた。
「それだけじゃねえ。こいつはことあるごとに俺様の気分を害してんだよ!菓子屑だらけの髪!甘臭え匂い!
 妙に裏返った声とふらふらふらふら歩くのも気にいらねえ!」
そこで舌打ちをして2Dを睨み付けた。
「だがこいつは俺のバンドのメンバーだ。ぶっ殺すわけにもいかねえ。そこでだ。」
マードックは2Dを乱暴に引き寄せるとアメサイの背で彼の顎をなぞった。
色の悪い唇をにやりとゆがめる。
「こいつを更正させる」
ラッセルは深く溜め息をついた。この男はまた妙なことを考えている。
いつもの事ながら。ロクでもないことを。
「・・・どうやって?」
「まあ見てろ」
マードックは不吉な笑みを浮かべると2Dの眼に指を引っかけたままずるずると引き摺ってトイレを出て行った。


「なんや、おっさん。朝っぱらから2Dイジメかいな。ようやるわ」
ロビーに出ると眠そうな目をしたヌードルが麻雀パイを積んで遊んでいた。
髪はぼさぼさでいかにも起き抜けのようだ。
「今起きたのか?もう昼だぞ」
「昨日日本からぎょーさんCDが届いてな、遅くまでずっと聞いとってん」
そういえば昨日はどこかで誰かがずっと音楽をかけていたような気がする。
「で、なんやの?」
ラッセルは足音も荒くロビーの奥へ向かうマードックをちらりと見る。
「なんでも2Dを更正させるそうだ」
「はあ?またわけわからんことを・・・」
「今に始まった事じゃないがな。2Dに妙なことされても困る」
「ふうん。なんや面白そやな」
いままでの眠そうな様子は何処へやら、ヌードルはぴょんと飛び上がるとマードックの後をついていった。
ラッセルも呆れたように溜め息をつくとその後に続いた。


窓のない薄暗い廊下。
その右側の一番手前の空き部屋にマードックは入っていった。
普段は全く使われていない部屋だ。
ドアを開けると中には工具類がいくつか転がっていて、中央に壊れかけた小さな椅子が置かれていた。
窓のないタイル床の部屋だ。
どうやら電気の類もないらしく、開いたドアから入ってくる明かりが唯一の光源だった。
マードックは2Dを半ば投げつけるようにして乱暴に椅子に座らせた。
「しっかし本気かいな。2Dのおつむはあれもう生まれつきや。今更どうこうしたってどうしょもないやん」
「また怪しげな儀式でも始める気じゃないか」
「いややわー。あーいう大人にはなりたないもんや」
ぼそぼそと呟き合う二人を余所にマードックは2Dの眼前に立ちはだかると、おもむろにジーンズから何かを取り出した。
金属の輪に細い紐がついているようにみえる。
「・・・なーんかどっかで見たことあるなぁ、あれ」
ヌードルが眼を細めた。
おびえる2Dの頭を鷲づかみにすると、マードックは低く笑った。

「いいか、脳タリン。これから俺がてめぇに催眠術をかけてやる」

催眠術。

「・・・催眠術って言ったか?」
「うん、言うた」
「あれでやるつもりか?」
「そうらしいで」
「あれで?」
「あれで」

ブ―――ッ。

ラッセルとヌードルが同時に吹き出した。
「あははははは!!おっさんそれマジに言っとんのかいな!面白すぎやで!」
「おいおい、古典的にも程があるぞ」
「外野は黙ってろッ!催眠療法は今や一般的だろうが!」
「知識も経験もないくせによう言うわ」
「サタンの力に不可能はねぇんだよ!ハイル・サタン!」
なおもケラケラと笑い転げるヌードル。
腕を組んでにやにやしているラッセル。
「クソッ」
マードックは2Dの目の前にオブジェをぶら下げると、ゆっくりと左右に揺らし始めた。
「てめえは眠くなる。手足が温かくなってきて、瞼がだんだん重く・・・」
「え、でもマードック。僕別に眠くなぉごふっ!!」
2Dの側頭部に容赦のない肘が入った。
あわや椅子から落ちるというところでその胸ぐらを掴む。
「うるせぇっ!俺様が眠くなるっつったら眠くなンだよ!」
「・・・・・・・」
「やればできんじゃねえか。それでいいんだよ」
「いやっ!それ違うから!気絶してるから!」
ヌードルのツッコミには耳を貸さず、マードックは2Dの耳元でぼそぼそと囁いた。
「よくきけ、2D。お前は今から生まれ変わる。脳みそ丸ごと入れ替わるんだ。お前は俺に絶対服従。口答えをするな。儀式の邪魔をするな。歯ぎしりの音で俺を起こすな。アナウンサーのように明確にしゃべれ。ホテルボーイのように敏捷に動け・・・・・・・」
ヌードルが壁により掛かって深く溜め息をつく。
「ほんまに大丈夫なんか」
「大丈夫だろ。あんな滅茶苦茶な催眠術効くはずがない」
「いや、せやのおて。ウチがいっとんのはマードックの方や。いい年こいて催眠術て・・・・・」
「ん?そうだな・・・。まあ、大丈夫だろ」
「ほんまに?」
「そう思っとけ」
「・・・・・・・」
ようやく終わったらしく、ぐったりした2Dの傍らにマードックが立ち上がった。
口元には凶悪な笑みを浮かべ、いつの間にか角材を握っている。
「さぁ、俺がみっつ数えてからてめえの側頭部をぶん殴ったら目を覚ませ」
「マジでか!むちゃくちゃやろ!」
マードックはさも楽しそうに舌なめずりをする。
「Ohhhhne....」
角材を振り上げて。
「toooooooow..........」
握っている手に力を込めて。
「thereee!!!」
ゴッ。
鈍い音。
直後に2Dの身体がふっ飛んだ。
2、3回派手に錐揉みすると頭から床を転がっていき、最後に壁に盛大に激突した。
ほこりが舞い上がってもうもうと煙が立つ。
「・・・・ナーイスショット」
マードックが満足げに呟いた。
「ナーイショッやないわ!アレ本気で死んだらどないすんねん!」
「あ?ちゃんと手加減したぜ?」
「嘘つけっ。全力で殴っとったやんか!」
「ばぁか、お前あれは・・・・」
「2D!」
ラッセルが駆け寄った。
収まり始めた塵埃の中にふらふらと揺れるシルエット。
あわててヌードルも後に続く。
「よかった。大丈夫か?」
「う、うん・・・・」
「あーよかったぁ。2Dが死んどったらおっさん殺してウチも死ぬとこやった」
「・・・・・・・・」
2Dは視点の定まらない眼でぼんやりと辺りを見回している。
「なぁ、ホンマに大丈夫か、2D?医者行った方が・・・・」
「おい、ステューピッド」
マードックがずいと割り込んできて2Dの胸ぐらを掴み上げた。
「てめえこれから何をするべきか分かってるよな、あぁ?」
2Dはぽかんとマードックを見つめた。
「チッ、失敗か」
苦々しそうに呟くとぱっと手を離した。
その足下に2Dがしりもちをつく。
「アホか。あんなんで効くわけないやろ。どない阿呆かて2Dはいつもの2Dで充分や」
「まったくだ」
「けっ」
マードックが唾を吐いて背を向けたときだ。

不意に2Dが笑った。

「ん。どうした、2D」
「わかってるよ、マードック」
「あぁ?」
暗い部屋の中でもなお昏い2つの眼窩。
前歯のない口蓋の奥。
笑みの形に歪んだそれらにマードックは何故か一瞬背筋が寒くなった。
「・・・・。ほんとにわかってんのか?」
「うん。脳みそを入れ替えなきゃ」
「そうだよ、わかってんじゃねえか。脳みそを・・・・・あ?」
2Dが笑ったまま立ち上がる。
その手元で何かが光った。
アメサイがいつの間にか2Dの手に握られている。
「おいっ、2D?」
ゆらっと一歩前進する。
「僕、マードックのと入れ替えようと思ってたんだ。きっとラスのじゃ大きすぎるし、ヌードルのだと小さすぎるから・・・。でも二人とも大事なバンドメンバーだし、大好きだからすごく迷ったんだ。それでね・・・・・・・」
一歩ずつ近づいてくる。
3人はじりじりと部屋の入口まで後退する。
2Dは笑みを深くしてアメサイを顔の横に持ち上げた。
「やっぱり比べてみないと分からないよね。取り出して比べてみないと分からないよね」
「おい、やばいぞこれ・・・・!」
2Dが床を蹴るのと、マードックが扉を蹴り開けるのは同時だった。




to be continued....












++++++
多分続きます。
ホラー風になる予定。
ヌーの関西弁はだいぶ嘘っぱちです。
ところで2D最後以外ほとんど喋ってませんな。










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